2010年6月28日月曜日

ぶっかけうどん

「金ちゃんラーメン」で馴染みの深い徳島製粉は、最近「ブッカケうどん」で攻勢をかけている。とは言うものの、信越・東北・関東・北海道の地域では販売もCMも無いので???だと思います。沖縄では日清食品の「カップヌードル」よりメジャーで、よく売れているそうです。ISO2000を、即席めん業界で日本初認証習得企業であることからしても、前向きの姿勢を評価できるというものです。ぶっかけうどんの発祥は、岡山県の倉敷と香川県の善通寺市の2節あるようですが、どちらも元祖だと思います。うどんに惣菜を載せて、濃い目の汁をかければ出来上がりで、短時間で出来上がるのが決めてでしょう。名古屋では似たような品に「香露(ころ)」があります。

子供のころ田舎では茹で上がりの素麺に生醤油をかけて食べさせてもらいました。意外に美味しかったのを覚えています。これも「ぶっかけ」の一種でしょうか?
このぶっかけうどんのテレビCMで面白いのは、鉢巻姿の受験生が夜食を食べるとき、蓋を開けて出来具合を確認すると、中に「ミニスカの女性がリズムをとっている」ところです。

食欲を忘れて性欲をそそられそうです。スローで見ると右端の女性はパンツ丸見え状態です。こんなことを思いつくようでは、受験どころでは有りません。

2010年6月13日日曜日

ワールドカップ 南アフリカ大会

2010ワールドカップ
2010ワールドカップ
2010 FIFAワールドカップ 南アフリカ大会の優勝賞金を3000万ドル(約26億4000万円)で、賞金総額は約369億6000万円にもなると言うころです。しかも、前回のドイツ大会に比べて61%増の4億2000万ドル(約369億6000万円)になる見込みと聞いて、二度びっくりです。世界恐慌の中で、こんなに景気が良いのは、中国とワールドカップだけではないでしょうか?さらに、全出場チームには経費として100万ドル(約8837万円)ずつが支払われるとなれば、地区大会は頑張って権利を確保したくなるというものです。
闘莉王
闘莉王
16歳の時サッカー留学で来日した田中 マルクス闘莉王の母親はイタリア系ブラジル人、父親の両親は日本の日系二世。写真の女性は父方のお祖母ちゃん。70年以上も前に5歳のときブラジルに到着してからその地に根を張り、子供を育て「一旗あげて里帰り」をごく普通に夢見て、頑張ってきた移住者の一人でしょう。富山県出身で教育に熱心なおばあちゃんの勧めで16歳でサッカー留学した闘莉王も例外なくかかる「ホームシック」になったことでしょう。二世ならまだ母国語は理解できても、三世になるとなかなかできないことです。とくに両親が国違いとなれば、日常会話はブラジル語に限定されてしまいます。知人は皆無、言葉はわからない、帰る国は地球の裏側、思っただけで気が遠くなっていくのがわかります。
闘莉王祖母
闘莉王祖母

広島出身の祖父も十二歳で渡伯後、農業や牧場開墾に明け暮れ、その開拓者魂は孫にも受け継がれていたのでしょう。
アメリカを筆頭にブラジルや、アルゼンチン等の移住立国では、人種差別は殆ど無いといっても良いでしょう。しかし留学先の日本では、それなりの差別があり、とくに会話を含めた語学ができないことは、今で言う「いじめ」の対象にもなりかねません。その全てをバネにして羽ばたいた2010 FIFAワールドカップ 南アフリカ大会の次には2014 FIFAワールドカップ ブラジルでも頑張って欲しいものです。

2010年6月9日水曜日

明渠たて(溝掘り)

田植え後1ヶ月の6月にもなると、気温もかなり高くなって、稲もスクスク伸びて成長も旺盛になります。
稚苗の2~3本植えのみすぼらしかった水田も一面緑色です。と言うことは4~6本も植え込んだ水田はかなり緑が濃くなっているわけです。芝生を敷き詰めたゴルフ場を作るわけではなく、安全安心の米を収穫するのが目的ですから、健全な稲を育てなければならない訳です。
健全な稲に育てるには、根の健全から先に管理して行く必要があります。一ヶ月程水に使っていた根っこに酸素を供給して、地上とのバランスをとります。同時に、不均平の水田に溝を掘って乾田化を進め、これから先の水管理の容易性を高めます。
その作業が溝彫りです。5メートルに1本くらいが理想なんですが、水が切れて乾きかけた水田は、泥に足を取られて前進がきつくそれなりに重労働ですから、ついつい省略したくなりますが、ここで頑張るとこの先が楽になるので、良い汗をかいて置きたいものです。
明渠
明渠

2010年5月20日木曜日

米農家戸別所得補償制度


はざ木
はざ木
今年のGWも例年通り故郷で田植えの手伝いをさせていただきました。
高速料金の、土日祭割引で1,000円で走れるし、ガソリンも平成元年の124円/1ℓから、139円/1ℓと物価上昇率よりは低く推移しているので、デフレと言われながらも割り切りやすい。
高速道路の割引を利用して雑踏を離れのに、渋滞は避けたいものですが、深夜1時頃から行動を起こすと意外にもスムースです。
民主党のばらまき政策の目玉である、農家の個別保障も15,000円/10aに決まり、少しは明るさが増したのでしょうか?
しかし、写真の手前に写っているような雑草の生え放題の水田には交付金は支給されません。生産数量目標の配分を受け、地域水田農業推進協議会等による作付確認を受けないと、米のモデル事業の交付金は受け取れないことになっています。

2010年5月11日火曜日

コシヒカリの田植え


田植え機
例年に無く今年の田植えは寒かった。日焼け止めでしっかりメークしてオペレーターとなる。
15年目のさなえ(田植え機)は、まだまだ元気で頑張ってくれるが、最新型の機械にはいろんな面で劣り、全てはオペレーターの技術にかかっている感じで、責任重大です。

2010年5月2日日曜日

禁煙 タバコを止める


ライター
ライター
喫煙経歴40年以上の小生が禁煙に踏み切れたのは、経済的な要因が大きいことに気がつきました。この時期だから言えるのですが、中学3年の初めには既に、人差し指と中指の内側は、他の皮膚の色とは明らかに違っていました。
15歳ともなれば、農家では一人前の仕事をこなします。集落の草刈やドブさらい等の共同作業では、無償の代わりに終了後の直会(なおらい)に酒は欠かせない物でした。
冷酒を茶碗で酌み交わすことで、仲間意識を向上させる手段として、有効であり、男も女も酔うほどに歌い、歌が酒を進めたものです。
他に娯楽の無かった田舎では、それが限られた喜びであり、楽しみだったのでしょう。
そのおかげで、酒とタバコは代理で出席した会合で、半強制的に勧められて、自然と親しんで行きました。とがめる者も無く、隠れてコソコソすることも無く、なんとなく健全な気持ちさえしておりました。
あれから40有余年、健康管理もさることながら、経済的に逼迫してついに禁煙に踏み切りました。原資が無いから止むを得ません。
3年ほど前にも挑戦して【タバコを止めて海外旅行に行こう】と決めて、2年ほど続いたでしょうか?
一本くらいかまわないだろうと手を出したのが命取りで、元の木阿弥となって一日60本の世界に突入しました。再禁煙から一年半、今でも時々誘惑に負けそうになります。麻薬の誘惑って怖いです!!